LINEはインフラじゃねーし!(チラ裏な雑記)

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ここでは何度も書いているが、LINEに対してはそもそも最初からそのビジネスモデルが嫌いだったし、あり方が嫌いだったし、広がり方がいかにも・・・で嫌いだったので、今だに一回も使ったことがない。使おうとも思わないし、使わないことで不便を被ったことは一度もない。というかFaceBookもやめたし、SNSと呼ばれるものは今現在何もやってない。唯一iMassageがそうだと言われればそれのみ。

SNSがなくても全く困っていない。

一方で、LINEを使っているのを「やめろ」とも言わないし、普段はとくになんの感想も持たないが・・・

 

「LINEはもうインフラでなくなると困る」???

と断言してものを書くライターやブロガーがいる。そういう記事になんどかあたる。が、私が思うにそれは単にあなたがLINEまみれの生活をしているだけだ、と言いたい。それすら気がつかないほどにまみれている。

【1分で分かる】LINEが世界で負け続ける本当の理由 – 小倉さんは考えた

私の年老いた父も母も使ってないし(というかその存在すら知らない)、LINEを使っていない人々がこまっているというのをそもそも聞いたことがない。逆にLINEでわんさと送られてきて困っているという話しはよく聞く。最先端だ、便利だ、無料だと人づてに信じてあまり詳しくもない人が飛びついて面白がりまわりに広めているだけに過ぎないだけで、本質のサービスのポイントからズレてきて歪みを生じさせているように思えてならない。

しつこいようだが、もう一度書く。LINEがなくなっても困らない。代替サービスがなくても困らない。あると多少便利にはなるが、それをメインに、基盤に、据えると不便になる、ややこしいことにSNSはそこに気付かなくさせるほどに中毒性がある。使われてくるようになる。こちらがうまく使ってこそのSNSサービスだ。

そもそもインフラとは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

私的経済活動の基盤となるような施設,制度などをさし,長期にわたって変化の少いものをいう。具体的には,電力などのエネルギー産業,道路・港湾などの輸送施設,電信・電話などの通信施設,都市計画における公園,上下水道,河川などの都市施設をさす。都市整備と産業発展をはかるうえでは欠かせないものである。

Wikipedia

国民福祉の向上と国民経済の発展に必要な公共施設を指す。

公共の福祉のための施設であり、民間事業として成立しにくいため、中央政府や公共機関が確保建設、管理を行う経済成長のための基盤。現在、一部の社会資本は、財政構造改革推進等により民活型社会資本整備としてPFI手法が導入されている。

国民福祉の向上と国民経済の発展に必要な公共施設とは、学校、病院、道路、港湾、工業用地、公営住宅、橋梁、鉄道路線、バス路線、上水道、下水道、電気、ガス、電話などを指し、社会的経済基盤と社会的生産基盤とを形成するものの総称である。建造物からパイプ類、場合によっては電気機器(サーバ等のハードウェア)レベルが該当する。

通常は道路、河川、橋梁、鉄道からガス、電話など社会生活基盤と社会経済産業基盤とを形成するものの総称としてこの語が使用されるが、学校や病院などの公益施設も含まれ、都市計画では道路、河川、鉄道、公園、水道、ごみ処理施設、し尿処理施設等を社会基盤施設としている。主には公共事業で整備され、社会資本として経済、生活環境の基間設備を指す。また、情報化社会の情報網整備や新規分野の法律整備などの意味でも使用される。

簡単にいうと国民福祉の向上と国民経済の発展に必要な(万人にとっての)公共施設で、且つ、ないと困るもの。短期的なものでないもの、である。つまり「LINEはインフラ」では無い。これは明確だ。思い違いをしてはいけない。いや逆にそれがSNS中毒になっているか否かの指標かもしれない。

ふしぎなSNSの混沌

これは前から思ってたことだが、混沌と言われる2ちゃんねるでも自浄作用があったりする。必要とされることはわーっとスレッドが伸びるし、必要とされないことは誰かがツッコミをいれて終わる。意外やちゃんと機能していたりする。

SNSではそれがない。たとえばFaceBookをしばらくやったがFaceBookにはそれが無いことに気がつく。嘘をしれっとまことしやかに書いて拡散しようとすると拡散するのだ。ところどころでツッコミが入りはするのだが枝分かれ的に拡散するので止まらない。これはTwitterでも同じ。それが私がSNSまるっとやめようと思ったのの一番の理由。

1対1、1対多の文字ネットコミュニケーションツールならiMassageで十分

ですね。つくづくそう思う。それ以上で、業務でならネット会議ツール使うだろうし、1対1なら電話もあるし。そもそも重要な話は実際にあって話すし、言葉の本意と表情と熱量は実際に合って話をしないとわからないし、文字の意味が人それぞれに違ったりするように、文章のニュアンスに至っては「行間を読め」とおもって書く人もいれば、「行間なにそれ?書いてあることが全て」という人もいたりして意思の疎通が実は難しい。そういうのを一切合切抜きにして「LINEが万能コミュニケーションツールですでにインフラ」だなんて言い切っているのは、本当にどうかと思うし、心配にもなる。そういうのを全て分かった上で完全にコントロールして便利なツールの一つ、あくまで一つの道具として使う分にはいい。が、多くの場合、そうでは無いのだ。

・・・・この辺でやめとこうね。。。いつものように…(以下略)

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