ちら裏な雑記。NHKクローズアップ現代 ウェアラブル革命 を観て。

NHKクローズアップ現代 ウェアラブル革命 ~“着るコンピューター”が働き方を変える~ を観て、なんとなく、スッキリしなくって、もやもやして、こちらに吐き出す事にした(苦笑

VTRのまとめ方や取材もあるのだろうが、登場してきた人たちが頭の悪い人たちに私は見えた。便利なモノには間違いないし、色んなものが進化し、それを開発している事自体にはなんらおかしなところは無い。

 

しかし、医療の現場で契約社員に手術の準備をウェアラブルPCを使って準備しているのにはちょっと違和感を覚えた。IT開発側からみるとこれは非常に便利なモノだろう!と胸を張って言えるモノだろうし、現場では知識もない素人でも正確に早く準備出来るとあって、コスト面でも有利であろう。だがいつも思うのだが、これは指示が100%間違えていないのが前提だ。患者のデータが一つずれても準備担当者にはわかるまい。意図的に悪意をもってデータを差し替えるという事も出来てしまう。ならロボットで良い。またこれを使えば熟練職人ち近い事が熟練で無い人でも出来るようになる、と。アホか。出来る訳無いじゃん。モノを知らない人間というのはこれだから困る。自分のテリトリーのところしか知らないのだ。熟練の職人、巧みと言われている人がどれほど凄いのか全くわかっていない。総じて、人が加わる事の意味がごそっと抜けている。

また、ある会社では出社から退社までの社員全員の行動データを蓄積して効率化を図っていると言う。AさんとBさんがコミュニケーションがすくないと結果が出ればAさんとBさんは積極的に会話をするんだそうだ。社内でみんなでランチをとった時の方が売り上げがあがったから積極的にそうすることにした、そうやって業績はアップした、と。

しかしこれにも非常に違和感を覚えた。つまりものすごく平たく言うと会社は社員一人一人を「パーツ」としてしか見ていないという事になるのだ。突き詰めていけばそこには個性も何もない。効率化は数値化出来るがモチベーションは数値化できない。恋愛感情や好き嫌い、馬が合う合わないもそう。人間社会、組織のチームはそういうのを人間的なアプローチでもって解決してきた。一見便利で実際に業績はアップしたのかもしれないが、ものすごく大事な部分がごそっと抜けていて、それ以上は無い、という気がしてならない。補助的な使われ方では無いのだ。

VTRの後の東京女子大の黒崎 政 氏のコメントの方に共感が持てた。個人個人のデジタル化。まさにそうだと思った。個人個人を数値化してデータとして扱いコンピュータに解析させる。それは効率的で且つ有効な手段の側面ももちろんある。が、それに振り回されるべきでは無い。あくまで参考にして、どうあるべきかの判断を人間がやるべきだ。

ウェアラブルPCやウェアラブルPhoneには凄く期待している。どんなに便利でどんなに素晴らしいだろうと思う。が、それらを含め、コンピュータは究極的にはあくまで道具であるべきだ。コンピュータから使われるようなモノは要らないし、そういう仕組みを作るのにも違和感を覚える。メディアと同じくあたかも選択肢かそれしかなくて、あたかもそれが100%正解の様に思ってしまう。でも時にはそれ以外の選択肢もあるし、不正解のと時もある。アルゴリズムを作っているのは特定の人の特定の考え方による。それが万人に合うとも限らない。鵜呑みにして考える事をしなくなれば、それは人を退化させる。

番組でもGoogleのウェアラブルPhoneは良いとして他の例には警鐘を鳴らしていた。効率とは何か、便利な事とは何か、そして人は何をすべきかをこれからはより明確に個人個人が考えないと、デジタル化され1データとして人が扱われてしまうのみになるかも知れない。

2 thoughts on “ちら裏な雑記。NHKクローズアップ現代 ウェアラブル革命 を観て。”

  1. この番組観ました。で、なんとなく釈然としないままモヤモヤしてました。
    usadii3さんの記事を読んで、ナルホドね~と。
    スゴイ道具を持ったからって、全能の力を得たわけでもなし。
    スグ勘違いするんですね、人間は… ヾ|*´・ω・|q

    1. motoマジマンさん、こんにちはー。
      返信したつもりでしてませんでした(^^;;;

      そうなんですよね。机の上だけで考えてるやつらがやる事は正論なんだけれど、必ずしも正解では無いんですよね。

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